≪論文要旨≫

 

菊谷正人「英国の『個人貯蓄口座』ISA)に対する非課税制度の特徴-日本版ISA(NISA:少額投資非課税制度)との比較分析-」

平成25年(2013年)129日の閣議決定による「平成25年度税制改正大綱」に基づいた「所税法等の一部を改正する法律案が国会に提出され、329日に可決成立した。この法律(平成25年法律第5号)により、少額投資非課税制度が平成262014年)11より大幅に拡充されることになる。本制度は、家計の安定的な資産形成支援と成長資金の供給拡大の 両立を目的として、非課税口座(本制度を利用するための専用口座)を通じ て、平成26年から平成35年までの10年間に行う年間100円までの上場 株式等への投資から生じる配当所得譲渡所得等について、投資した年から最長で5年間、所得税住民税を非課税とする租税優遇措置である。わが国 における「非課税口座内の少額上場株式等に係る配当所得譲渡所得等の非 課税措置」は、英国の「個人貯蓄口座」(Individual Savings Accounts :以下、I S Aと略す)を参考にしたことに因んで「日本版I S A」 (以下、N I S A という)とか「ニーサ」と呼ばれている。

NISA、上場株式等に係る軽減税率(10%)の平成25年末止(すなわち、20%本則税率化への復帰)に伴う中和化措置として導入された。今回の税制改正によるNISAの創設は、わが国における家計の金融資産を貯蓄から投資に移すことを念頭に置いた政策であるが、少子•高齢化社会 における金融資産の効率的運用を図るためには、英国における「預金ISA」あるいはJISAに相当する制度が活用されるべきではなかろうか。

また、非課税投資額の上限額が少ないので、倍増すべきではなかろうか。前述したように、英国のISAにおける非課税投資額に上限額は約200万円であった。わが国においても、かつての少額貯蓄非課税制度(マル優制度)では、350万円までに係る利子には非課税措置が講じられていた。家計の安 定的な資産形成を支援するためには、100万円よりも多い上限額の非課税投資貯蓄額(たとえば、同じOECD加盟国でありNISAのモデル国である英国が容認している200万円)の設定が望まれる。しかも、英国のISAように、非課税投資額の上限額に対しては、経済的変容を度外視した法的硬直的金額ではなく、経済的価値思考に基づく「物価指数連動方式」が採択されるべきである。

さらに、家計の安定的な資産形成を継続的長期的に支援するためには、時限的措置ではなく、恒久的措置に移行すべきである。英国ISAにおい ても、導入当初には、10年間の時限的措置が予定されていたが、社会経済的変容に応じて恒久的な措置に変更された。英国における先行事例を鑑みれば、NISAも恒久的に施行される可能性は皆無ではない。

 

守屋俊晴「企業戦略等の租税回避行為と国の租税政策-とくに武富士税務訴訟 事件と海外保有資産課税等の税制改正について-」

日本経済新聞は、「課税取り消し2,000億円還付」と題して、最高裁判決について、概要、以下の内容を報じている(23.2.19)。なお、新聞で記載している実名は伏して掲載している。

「消費者金融大手の武富士(会社更生手続き中)の創業者、T.S元会長(故 人)の長男で元専務のT.T(45)が、生前贈与を受けた海外資産に約1,330 億円を課税されたのは不当だとして取り消しを求めた訴訟の上告審判決が平成23218日(注「年月筆者加筆」)、最高裁であった。第2小法廷は課 税を適法としたニ審東京高裁判決を破棄、取り消しを命じた一審東京地 裁判決を支持した。」

本件事案は、このように原告が一審(地裁)「勝訴』、二審(高裁)「敗訴」で、その上告審である最高裁において、逆転「勝訴」となっている。ここでは、主 要な争点は「居住者」になるのか、「非居住者」なのか、にあった。他にも同様 な事案が幾つかあり、結審の内容に差異があるように、比較的判断が難しい事 案であると考えられる。ともかく、同新聞によれば「逆転勝訴が確定したT.Tは延滞税を含め約1,600億円を既に納付済み。国は利子にあたる『還付加算金』約400億円を上乗せしたうえ、総額約2,000億円を還付する。個人への還付と して過去最高額とみられる。」と報じている。

また、同新聞は「同小法廷は香港と日本の両方に居宅があったT.Tについて、仕事以外も含めた香港での滞在日数の割合は約65%、国内滞在の割合は26%だったとして『生活の本拠は香港だった』と認定。そのうえで『税回避が目的でも客観的な生活実態は消滅せず、納税義務はない』と結論付けた。」と報じている。現代社会において「節税」(租税負担回避行為)は、「重要な経営戦略(個人も同様)」になっている。世界グローバル化の時代、本拠地(本社、居住地)の選定は重要なテーマである。なお、同新聞は「2000年の税制改正で、贈与する側か受ける側のいずれかが過去5年以内に日本に住んでいれば、海外資産も 課税対象となった」とし、本題に戻り「約400億円と巨額に上った加算金の利 率は延滞税と同じで、今回適用されるのは年利4.14.7%。」で計算されているとも報じている。

 

二宮英徳「マンション管理組合に対する課税問題

最近では、ライフスタイルの多様化により、カーシェアリングやレンタカー等を上手に利用し、車を保有しない人たちが増加してきており、特に首都圏の駅に近いマンションでは、駐車場に空きが出るようになってきた。それと同時に、マンションを終の棲家と考え、適正に修繕維持管理をしながら 資産価値が低下しないようにと考える人々が増えてきた。そのため、空きが出ている駐車場はマンションの所有者以外のものに賃貸しをするとか、屋上 等に広告看板などを設置し、それを賃貸したりするなどして、それらの収益をすベてマンションの大規模修繕のための積み立てに充てるマンション管理組合が増加している。

たとえば、東京近郊の駅前にある総戸数102戸のマンション管理組合で、建物の地下1階に昇降式の機械設備がある駐車場を有しており、その駐車可能台数は100台であり、そのうちの35台分を外部に貸し出すことになり、近隣の不動産会社に募集を依頼した事案がある。

このようなマンションの資産の有効活用を考えているマンション管理組 合から相談を受けた場合に、税理士としてどのように申告を行えば納税者に理解してもらえるかについて検討を加える。

マンションなどの集合住宅(区分所有できる建物、以下マンション等という)の購入者は、「建物の区分所有等に関する法律」(以下「区分所有法」と略す)に基づき区分所有者となる。

マンション等の購入者は、購入した建物の専有部分を由に使用できると 同時に、廊下やエレベーター、配管などの共用部分(専有部分以外の全て)を他の区分所有者と共同で維持管理しなければならない。居住せずに所有する専有部分を他に賃貸しした場合にも、マンション等を購入した者が共用部 分の維持管理の義務を負うことに変わりはない。

マンション等を購入した者は、その引渡しが始まると、建物並びにその敷 地及び附属施設の管理を行うための団体を構成し、「区分所有法」が規定するところにより、集会を開き、規約を定め、管理者を置くことができる(「区分所有法」3)。「区分所有法」に基づき、管理組合の最高意思決定機関である総会が招集され、管理組合が設立される。この組合を「マンション管理 組合」という。同時に、管理組合の法律ともいえる「管理規約」が承認され、区分所有者は組合設立とともに必然的に組合員となることなり、その運営に 携わることになる。

このように、マンション等では、通常「管理規約」によって代表者又は管理者の定めを設けている。なお、その構成員が変わっても管理組合は存続し、多数決の原則で運営される。したがって、「人格のない社団等」としての要件を満たすことになる。

また、管理組合には法人格を取得させることもできる。法人格を取得することで管理組合法人や団地管理組合法人となり、法的責任の所在を明らかにすることができる。

 

酒井翔子「英国の流動所得に対する国際課税

近年、英国では、「競争的」(competitive)な法人税制の構築という観点から、国境を越えた取引を行う多国籍企業に対して、他国よりも優位な税制を設定 することにより、経営戦略や活動拠点の選択等、事業遂行上の決断に干渉しない税制構築へ向けた改革案が検討されている。2009年には、「競争的」な法人税制の検討機関として、連絡委員会(Liaison Committee)や研究グループ(Working Group)を設立し、本格的な税制改革体制が整えられている。201011月に財務省により公表された『法人税改革:より競争的な制度の提 案』(Corporate Tax Reform:“Delivering a more competitive system”)では、被支配外国法人(controlled foreign company: 以下、CFCと略す)規定、知的財産に関するパテントボックス(patent box)制度、研究開発税額控除、外国支店課税の改革案が提示されている。2009年に導入された外国子会社配当非課税方式や2011年に導入が予定されていた外国支店非課税制度の規定からも伺えるように、これらの改革案に共通している点は、「全世界所得」課税概念から「領土主義」への移行を前提として、英国企業による投資事業活動を国際規模で支援する一方で、流動所得(mobil e income)の人為的所得移転(artificial diversion)を防止することに主眼を置いていることである。ここでいう流動所得に関しては、明確な定義づけがなされていないが、金融資本所得のいわゆる「足の速い所得」および低課 税国へのタックスプランニング等により、国外への所得移転が比較的容易である所得を概して流動所得と称しているようである。

「課税標準の浸食」に着目して提案された英国の新CFC規定は、わが国をはじめ、多くの先進諸国において、深刻化する企業利益の国外移転への対応策として、大変参考となる規定であった。CFC課税の適用基準として用いられた「真正な経済活動」は、事業活動の経済的実態を加味した画期的な基準であり、低課税国における被支配外国法人の設立が税務上の目的で行われたとしても、「真正な経済活動」が行われている場合には、CFC課税の対象から除かれる。すなわち、低課税国への進出による租税回避行為を企業戦略として合法的に認めた上で、実体を伴わない様な行き過ぎた租税回避に関しては、一定の規定のもとで取り締まるという姿勢が示されている。

この新CFC規定は、一貫して経済合理性を重視するため、実体の不透明性からCFC課税の対象になり易い金融会社、財務会社等に対しても、課税標準の浸食リスクを判断基準とする適用除外基準を設けることで、柔軟な対応を取っている。金融資産と同様、利益移転が濫発される知的財産取引には、事業の実質性金額規模に関するする2段階の基準により、人為的な利益移転の有無が判別される。ただし、知的財産取引は、高額事業であり、過度に厳格な基準は膨大な利益の国外移転を誘発するとして、セーフハーバーが設けられている。このように、英国の新CFC規定は、一括りに流動所得といっても、金融所得および知的財産所得それぞれの特徴に合わせて、柔軟、かつ、緻密に規定されている。