≪論文要旨≫

 

守屋俊晴「移転価格税制に関する問題点について 本田技研工業の判決を中心にして ―」 

本件訴訟案件は、処分行政庁がホンダに対して行った「法人税の更正」に対する取消請求訴訟で、事案名は「法人税更正処分等取消請求事件」である。対象事業年度は平成941日~平成10331日の事業年度から平成1441日~平成15331日にいたる5事業年度(平成1141日~平成12331日の事業年度を除く。)に関わる「法人税の更正について取り消し」を求めた訴訟事案である。

租税回避行為は、非合法性行為もしくは不適切な行為によって納税義務を免れる行為もしくは軽減する行為と理解されているために、私法上許された形式を濫用することにより租税負担を不当に回避しもしくは軽減することは「課税の公平性・平等性」の観点から許されるべきではないという主張になってくる。しかし、違法でない限り、その行為が不適切なものであっても、法の下において罰せられることはない。

最近、とくに問題視されているのは、この立場に立てば、租税回避行為を阻止するための規定をおくべきであるということになる。いずれにしても、各種の税法において、個別的・具体的かつ明確(解釈の余地を狭めること)な規定を設けることによって、租税回避行為を阻止することが必要であるということになる。それを補完するものが「実質課税の原則」である。なお、立法に関しては、税法上合法性のある行為まで否認する(おそれ)れのないように配慮する必要がある。

本件事案についてであるが、まず「東京高裁判決と東京地裁判決」に触れておきたい。ホンダが、海外子会社との取引を巡って「移転価格税制に基づく追徴課税の取り消しを求めた本件事案」の控訴審判決で、平成27513日、東京高裁は「約75億円の課税処分を取り消した東京地裁判決を支持し、国側の控訴を棄却した」ことから、一審の地裁判決に続いて、この控訴審判決でもホンダが勝訴した。優遇税制を受けている海外子会社との取引価格について、移転価格税制の枠組みの中で、東京国税局が「法人税の更正判断」を行っこと自体に無理があったもの考えられる事案であった。

東京高裁の裁判長は、判決理由で「(現地子会社が受けていた)ブラジルの税の優遇措置は子会社(ブラジル・マナウス市)の利益に重要な影響を及ぼす」と指摘した上で「ブラジルの国内で税制の優遇を受けていない同種企業の財務数値と比較して課税対象の利益を計算して判断した東京国税局の手法(比較検討)は誤りである。」と結審している。

この訴訟案件については、東京国税局とホンダ、いずれも譲れない事情がその背景にあった。「ホンダは、東京国税局から『現地子会社の利益の一部は本社のもの』と認定されて以来、子会社の利益をめぐり、日本とブラジル両国から二重課税される状態が続いている。これを解消するため両国間での相互協議を申し立てたが協議は決裂した」ため、ホンダとしては、この二重課税を免れるためには「日本側の課税取消」を勝ち取る以外に方法がなかった。ブラジルに「税金の還付制度がない」という事情があるからである。

本件事案について、東京高裁判決を受けた後、東京国税局は期限の528日までに上告しなかったからホンダの勝訴が確定した。ホンダが求めていた「約75億円の課税処分の取り消し」が確定した。移転価格税制を巡っては、取引価格や利益の計算方法について税務当局と企業の主張が対立するケースが多い。

 

法人税法上、特定の企業が国外関連者と取引を行い、その取引対価が独立企業間価格(一般に「市場価格」という。または独立の第三者である企業との取引価格)と異なることにより所得が海外移転(以下「国外移転所得金額」という。)しているときは、その国外関連取引は、独立企業間価格で行われたものとみなして法人税法その他の法人税に関する法令を適用することにしている。つまり法人税率の低い国もしくは地域(タックスヘイブン「租税回避地」)に子会社を設立して、この子会社に他の独立した会社よりも低廉で販売することは、当該子会社の育成(競争力の強化等)を含めて、一般的に行われていることである。しかしこの子会社に利益を付け加えることは、企業グループとしては経済的利益が留保されることになるとしても、親会社のある当該母国においては国家税収の流出を意味している。

本件事案は、自動二輪車、四輪車の製造および販売を主たる事業とする内国法人であるホンダが、その子会社であり、ブラジル連邦共和国アマゾナス州に設置されたマナウス自由貿易地域で、自動二輪車の製造および販売事業を行っている外国法人であるP1およびその子会社との間で、自動二輪車の部品等の販売および技術支援の役務提供取引を行い、それにより支払いを受けた対価を収益に算入して、当該事業年度の法人税の確定申告をした。

ところが処分行政庁から、これらの金額は法により算定した独立企業間価格に満たないことを理由に、措置法第66条の41項の国外関連者との取引に係る課税の特例の規定により、本件国外関連取引が本件独立企業間価格で行われたものとみなし、本件各事業年度の所得金額に本件独立企業間価格と本件国外関連取引の価格との差額を加算すべきであるとして、本件各事業年度の各確定申告について更正処分等を受けた。

マナウス税恩典は、ブラジルの連邦またはアマゾナス州の法令の規定により、マナウスフリーゾーンに進出する企業に対し、マナウス自由貿易地域監督庁(以下「SUFRAMA」という。)等の承認によって得られる各種租税の減免措置である。マナウスフリーゾーンは、ブラジル連邦憲法上設置が定められている唯一の自由貿易地域である。マナウス税恩典による減免の対象は、輸入税、工業製品税、法人所得税(以上、連邦税)、ICMS(州税)、法人売上に対する社会負担金および社会統合基金(連邦の負担金)であるところ、これらのうち営業利益に重大な影響を及ぼすのは、輸入税とICMSである。

輸入税は、商品や生産物の輸入に課される連邦税であり、日本の関税に相当する税である。マナウスフリーゾーンで工場を建設し輸入税の軽減を受けようとする者は、SUFRAMAから輸入税の軽減を受けようとする工業プロジェクトに係る認可を受けなければならない。

 

裁判所は、本件訴訟の重要な争点となっている「独立企業間取引価格」の相当性等について判断するに当たって、調査担当者(税務調査管)の調査対象法人の選別方法並びに調査内容の検討を行った。

マナウス税恩典は、それを享受する法人の輸入税およびICMSの負担を軽減し、その売上原価を低減させることなどにより、政府助成金や補助金と同様に当該法人の利益を増加させる性質を有している。そのため、検証対象法人がマナウスフリーゾーンで事業活動を行い検証対象法人と同様にマナウス税恩典利益を享受している法人を比較対象法人として選定するのでなければ、比較対象法人が事業活動を行う市場と検証対象法人が事業活動を行う市場とが類似するものであるということはできず、当該比較対象法人は検証対象法人との比較可能性を有するものではないことになる。

P1社等の比較対象法人として選定されたブラジル側の比較対象企業は、いずれもマナウスフリーゾーン外のサンパウロ州ほかのブラジル南部の工業地帯で事業活動を行い、マナウス税恩典利益を享受していない。したがって、ブラジル側の比較対象企業は、P1社等との比較可能性を有するものではないというべきである。マナウス税恩典利益を享受していない場合に比較して「より高い営業利益率を得られることは明らかであって、マナウス税恩典利益の享受の有無は、比較対象法人の比較可能性に重大な影響を及ぼすものである」というべきである。そのようなことから、被告の主張は直ちに採用することはできない。

 

要するに被告側の調査内容が「移転価格税制」の範囲で、ホンダからブラジルの子会社に対して低い価格で部品や技術支援等を提供したことによって、子会社等に利益が移転していることから、本来、親会社のホンダに帰属するべき利益(課税所得)が発生していると判断し、更正を行ったものである。しかし、経済実態(子会社等の利益の源泉)は、ブラジル側が企業誘致のために「マナウス税恩典税制」を設置したことによって、その恩典で子会社等に利益が生まれたものである。したがって、ホンダとの取引行為によって獲得された利益ではなかった。それにもかかわらず、被告側が子会社等の利益の源泉を移転価格(企業間取引価格)の問題として取り上げたことに無理があったものと理解される訴訟事案であった。

 

南井 勝「自己株式のみなし配当に関する問題点」

  平成13年度税制改正によって、自己株式の取得を行った場合(金融商品取引所の開設する市場における購入等を除く)は資本の払戻しとみなされ、1株当たりの資本金等を超える部分については「みなし配当」となり、「受取配当等の益金不算入制度」を利用した節税の事例がみられるようになってきている。

 本論文では、自己株式の問題点として以下を検討している。①株主異動に伴い設立時の株主以外の株主は、譲渡損益が発生すること。②課税済みの利益がない場合(利益積立金がマイナスの場合)に、含み益を考慮して自己株式の価額が決められる場合があること。③「資本金等の額」がマイナスの場合には、全額が「みなし配当」となること。④価額に対して、法人税制上「財産評価基本通達」を準用している場合があること。

 配当の概念は株主たる地位に基づいて、「株主平等原則」の下に比例的な配分を行うものと考えられる。これに対して、一部の特定株主が撤退するような場合には、配当の概念というよりはキャピタルゲイン等の実現の概念が強いと思われる。

 「シャウプ勧告」により「法人擬制説」が全面的に導入されたが、近年、「法人擬制説」の見直しや「法人実在説」の部分的採用が求められてきた。将来的には「法人実在説」に再移行する可能性は否定できない。

 法人税法における自己株式(資本等取引)については、連結納税制度及びグループ法人税制との関係を注目していきたい。            

 

 菊谷正人・籏野顕一郎「OECDの『BEPS報告書』とわが国税制の対応」

 近年、「国際的二重非課税」を意図した多国籍企業が各国の租税制度の相違を巧みに利用し、合法的に国際的租税回避行為を行うことによって、過度に法人税を逃避する問題が顕在化している。このような巧妙な国際的租税回避は合法的なスキームとはいえ、このスキームを利用できない一般国内企業にとっては経済活動の公正な競争条件が損なわれ、多国籍企業により租税回避された税収分には他の納税者が負担することになり、公平な課税は確保できない。多国籍企業の国際的租税回避(または意図的な課税逃れ)に対して、国際取引に係る課税ルールの抜本的な見直しの必要性が世界的に論議されてきた。

経済協力開発機構(OECD)は、国際租税回避対応策を国際的に検討するために租税委員会に「税源浸食と利益移転」(Base Erosion and Profit ShiftingBEPS)のプロジェクトを20126月に設置し、G20と連携して国際課税のルール作りに着手することになった。多国籍企業の国際租税回避の抑制を図るための「BEPS行動計画」(Action Plan on BEPS)が20137月に公表され、9月のG20サミットで全面的に支持されている。OECDは、公平かつ新たな国際課税ルールの構築を目指す「2015BEPS最終報告書」(BEPS 2015 Final Report:「BEPS報告書」)を201510月に公表したが、これを受けてOECD加盟国は、多国籍企業の国際的租税回避防止・国際課税の強化を実現するために、国内税法の見直しを進めている。

本稿では、国際的租税回避行為を抑制し、公平かつ新たな国際課税を世界的調和のもとで構築することによって、健全な国際経済の実現を標榜する「BEPS報告書」(「行動計画1 電子経済の課税上の課題への対応」、「行動計画2 ハイブリッド・ミスマッチ取極めの効果の無効化」、「行動計画3 効果的な非支配外国法人税制の設計」、「行動計画4 利子控除・その他の金融支払いに係る税源浸食の制限」、「行動計画5 透明性・実質性を考慮した有害税制への効果的な対抗措置」、「行動計画6  不適切な状況下における租税条約の乱用防止」、「行動計画7 恒久的施設認定の人為的回避の防止」、「行動計画810 価値創造を伴う成果に対する移転価格設定の調整」、「行動計画11 BEPSデータの測定とモニタリング」、「行動計画12 義務的開示制度」、「行動計画13 移転価格設定の文書化と国別報告」、「行動計画14 紛争解決の効果的手法」および「行動画15 二国間租税条約を多数国間協定に改変する展開」)を概観した上で、わが国における税制の対応について、対応済みの「BEPS行動計画」と対応予定の「BEPS行動計画」に分け、若干の考察を加えた。

 

 高橋 孝治「中国・北京市における個人所得税法に関する条例」 

 中国(中華人民共和国)では法律 の分野によっては,「地方性法規」(一地方でのみ効力を持つ法規であり、日本でいう「条例」に相当する)が充実しており,国家の法律だけを知っているだけではあまり意味がない場合がある。租税法の分野においてもそれは同じであり,中国における租税実務は地方ごとに異なっているということを念頭に置かなければならない。ところが,これまで中国の租税に関する「地方性法規」が日本語に訳されたことはほとんどなかったように思われる。

そこで,本稿は中国の租税法のうち「個人所得税法」に関する北京市の「地方性法規」およびそれを理解するのに必要な法規のうちのいくつかを翻訳し,中国の北京市で活動する日本企業の租税実務に必要な資料を提供するものである。中国には「企業所得税法」という法律があり,これが日本の「法人税法」に相当する。この用語に対応するために、中国では日本の「所得税法」に相当する法律を「個人所得税法」と呼ぶ。

本稿が提供する中国北京市の個人所得税法に関する「地方性法規」は、以下の通りである。

 

「北京市地方税務局による個人所得税の全員全額源泉申告に関する管理暫定弁法」(発布番号:京地税個〔2006〕414号。2006年10月9日公布,2006年10月1日施行(遡り施行)),「個人所得税の自発的納税申告弁法(試行)」(発布番号:国税発〔2006〕162号。2006年11月6日公布。2006年1月1日一部施行(遡り施行),2007年1月1日完全施行),「北京市地方税務局による国家税務総局が発した『個人所得税の自発的納税申告弁法(試行)』に関する通知の転送」(発布番号:京地税個[2006]477号。2006年11月27日公布。2007年1月1日施行)、「北京市地方税務局により全市内で個人所得税全員全額源泉徴収申告管理を実行する通告」(発布番号:京地税個〔2006〕510号。2006年12月20日公布,同日施行)。