≪論文要旨≫

 

菊谷正人「番号法創設に伴う税務処理の課題」

  平成25年5月31日に「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律 」(平成25年法律第27号)(以下、「番号法」と略す)が、平成27年10月の番号付番・通知、平成28年1月のマイナンバー制度導入に向けて、政・省令の制定・ガイドラインの設定などの対応措置が講じられている。

本稿では、「番号法」の創設・マイナンバー制度の導入に伴い、主として、税務処理に与える影響に関する課題について、若干の考察が加えられている。マイナンバー制度の導入によって、社会保障・税・災害対策分野で複数の行政機関等間における「個人番号」の情報連携・利用を行うことができ、それに伴う行政運営の効率化、行政手続の簡素化による負担軽減等の利便性が期待される。税務分野においては、「個人番号」と「法人番号」の付番によって、所得税・法人税・相続税・贈与税・消費税等が適正に把握され、公平な課税が実現可能になると想定されている。しかしながら、マイナンバー制度には、納税義務者の個人的・経済的秘密の漏洩・悪用が懸念される。プライバシー保護問題を完璧にクリアーするためには、納税義務者の秘密保護に関する厳格な規定を設ける必要がある。平成28年に施行される「番号法」でも罰金刑と4年以下の懲役刑が科されているが、諸外国と比較した場合、わが国では、経済犯罪に対しては甘い罰則規定が制定されていると言わざるを得ない。しかも、罰則規定が設けられたとしても、役員・職員・従業員等による不正・犯罪行為、サイバー攻撃等によって「個人番号」の情報連携に対する事故・不具合等が発生するであろうことは否定できない。税務分野に関する「個人番号」は、「法人番号」と同様に、国税庁長官により指定・付番され、国税庁職員により厳重に管理・保護されるべきである。適正・公正な課税と正確・効率的な徴収のためにも、「個人番号」と「法人番号」を「納税者番号」として修正・改名し、その利用を税務分野に限定する「納税者番号制度」の構築が望まれる。

 

守屋俊晴「地方財政と隠れ債務」

 本論文では、地方財政と地方財源の概況、人口移動と地方消滅および地方衰退と格差社会が論じられた上で、地方財政と隠れ債務に関して、健全な未来を見据えて認識されるべき将来費用が検討されている。具体的には、インフラ整備と住民の生活環境の維持、公立病院の経営問題、老いる都市と限界都市の出現および空き家問題と財政負担に関する現状分析が開陳されている。たとえば、自治体病院の赤字経営体質は「地方自治体の行政の使命」として行うべき住民福祉の充実化と財政の健全化の観点から極めて重要な課題となり、長寿高齢化社会を迎えていくにあたって求められる行政サービスと財源の確保は対局にあるから、一層、克服困難な課題となっている。日本経済にとって繁栄を謳歌してきた大都市が、いまでは「人間の老齢化」と「インフラ施設・設備の老朽化」という切実な問題(安心・安全な生活環境の維持にとって)に直面している。このように少子高齢化の進展に伴う老齢人口の急速な増加は、様々なひずみを地域社会にもたらしている。たとえば、福祉・介護とくに「特別養護老人ホーム」の大幅な不足という社会現象を招いている。「隣村のコミュニケーション」のない近隣周辺により構成される自治会は希薄化された付き合いによる自治機能が低下し、相互扶助の意識の欠落による災害時の助け合いがなくなる。とくに「地方の空き家」は、都市部に移動した子ども世帯は年老いた両親の死後、相続登記もせずに放置していることもあって、行政上、持ち主の追跡をしないことから(手間・暇がかかるため)空き家の維持管理を求めることができない状況にある。

 

長島弘「必要経費にかかる平成20年以降の裁判例からみた事業所得の必要経費」

 平成20年以降の事業所得の必要経費にかかる裁判例として、6つの事件の判決の検討を通して、事業所得の必要経費に関して、どのような点が明確になり、また課題として何が残っているかという点が明らかにされている。とりわけ、弁護士会役員が支出した弁護士会務関連費用が事業所得の必要経費になるかが争われた弁護士会役員関連経費事件について、国側に主張した直接性要件を否定した高裁判決(東京高裁平成24年9月19日)に対して国側が上告していたところ、平成27年1月17日に最高裁が上告受理申立につき受理しない決定をし、確定したことにより、直接性要件が否定されることになっている。すなわち、原告の弁護士会の役員として会務のために費消した経費について、課税庁は、弁護士業の必要経費として直接的必要性がないとしてこれに該当しないとして更正処分を行ったが、この課税庁の処分を不服として提訴したところ、国の主張する直接的必要性は、条文上の根拠を欠くとして、原告の主張を認容した。

 各支出が事業所得の金額の計算上必要経費として控除されるためには、各支出が事業所得を生ずべき業務の遂行上必要であることを要するとしている。この点、弁護士会役員関連経費事件において、直接必要性は後退し、業務関連性があれば認められ得るものとされている。所得税更正処分取消等請求事件においても、業務関連性の立証があれば損金として認められ得る可能性もあった事が示されている。しかし、これらに事案はいずれも、最高裁の判断ではない(上告または上告受理申立の却下・棄却も上告理由でないというのみであり、高裁の判断を積極的に支持した訳ではない)為、判例とはなりえない。すなわち判例とは、裁判所の判断であるが、それは後に別の事件を裁判するときに先例となるような性質を有する判断でなければならないが、この判断とは法律的見解を含むものでなければならず、従って個々の裁判の理由の中で示した法律的判断を指すが、最高裁により判断は示されていない。その意味では近時の裁判例からは、所得税の必要経費について、これまでの解釈に対して確定的にその変更を促すものは無いと言って良いが、とはいえ司法による一定の判断が下されている以上、疎かにはできないものであり、実務上はこれを尊重した判断が必要であろう。

 

依田俊伸「公正処理基準についての最近の判決 -東京高裁平成26829日判決-」       

 法人税法22条4項のいわゆる「公正処理基準」に関して、最近、注目すべき判決が下された。東京高判平成26年8月29日(原審、東京地判平成24年11月2日)である。本論文においては、本件第一審判決及び控訴審判決の内容について検討し、両者の特徴を明らかにすることにより、その妥当性が考察されている。

この判決の事案は、銀行業務等を目的とする株式会社がその保有する住宅ローン債権の流動化のため、同債権を信託会社に信託譲渡し、それにより取得した信託受益権を優先受益権と劣後受益権とに分け、前者は投資家に売却し、後者は自ら保有していた場合に、劣後受益権に対する収益分配金について、「金融商品会計に関する実務指針」に従い、その一部を益金の額に算入しなかった処理が公正処理基準に適合しているかが問題とされた。

第一審の東京地裁は、「金融商品会計実務指針」における劣後受益権に対する収益分配金の処理規定は公正処理基準とはいえず、当該収益分配金すべてが益金に算入されるべきであると判示した。

 控訴審の東京高裁は、金融商品会計実務指針105項の適用可能性を肯定した上で、②本件劣後受益権が「債権を取得した」という利益状況に類似していることを認め、③本件劣後受益権の帳簿価額が支払日までの金利を反映した客観的価値を表しているという第一審判決と相反する判断を示した。その結果、上記収益分配金の一部を益金に算入しなかった処理には合理性が認められ、公正処理基準に従った適法な処理であるとして、第一審判決を取り消し、控訴人(原告)の主張を認めた。

 控訴審判決は、本件劣後受益権の経済的実態を詳細に検討した結果、第一審判決に対する疑問に明快に答えており、この点において控訴審判決の判断内容に賛成できる。