≪論文要旨≫

 

BEPS行動計画12「義務的開示制度」

  -タックス・プラニングの義務的開示-

菊谷正人(法政大学大学院経営学研究科教授

 Ⅰ   

 戦後における国際課税問題としては、一貫して「国際的二重課税」 (international   double   taxation)の排除のために論議・展開されてきたが、2000年代後半以降、居住地国でも源泉地国でも課税されない「国際的二重非課税」(international  double  non-taxation)の問題に潮流が変わり始めている。とりわけ、欧米の多国籍企業(multinational   enterprises)が国際的な税制の隙間・抜け穴を巧みに利用したタックス・プラニング(tax planning)を実行することにより、その活動実態に比べて極めて低い法人税しか納税していない「国際的二重非課税」あるいは「国際的租税回避行為」 (international tax avoidance)の問題が広く知れ渡ることとなり、世界的に大きな社会・政治問題となった

 たとえば、米国のグーグル社(Google  Inc.)は、アイルランドに2つの子会社を配置し、かつ、アイルランドと租税条約(tax treaty)を締結しているオランダの子会社を「導管」(a conduit)として介在させることによって、過度に法人税の逃避を図る「ダブルアイリッシュ・ウィズ・ダッチサンドウィッチ」(Double   Irishwith   a   Dutch  Sandwich)と呼ばれる逃税スキームを活用していた。米国親会社はアイルランド子会社A(Google  Ireland Holdings)を統括会社として設立し、ライセンス契約を締結するが、アイルランド子会社Aを英領バミューダ諸島の管理会社に支配させているため、アイルランドでは非居住法人となり、別の事業会社であるアイルランド子会社B (Google Ireland Ltd)がバミューダの管理会社にライセンス使用料を間接的に支払うこと等により利益を減少させるとともにアイルランド子会社 Bの支払使用料に対するアイルランド源泉徴収税を回避するために、オラン ダの子会社(Google  Netherlandl   Holdings  BV)を経由して支払われた。オ ランダの子会社は、アイルランド子会社Bから無税で受け取る5. 4億ドル( 590億円)の使用料の99.8%をバミューダの管理会社に支払うことによって、グーグル社全体で課税逃れを図っている。つまり、2007年~2009年の間に米国外事業収益のほとんどを2つのアイルランド子会社(1社をタックス・ヘイブンの管理会社に支配させる)にオランダの子会社をサンドウィッチすることによって、最終的にタックス・ヘイブンの管理会社に利益を移転・集中させる逃税が行われていたのである

 このような巧妙な国際的租税回避行為は合法的な国際的二重非課税スキームであるが、この課税逃れを利用できない一般国内企業にとっては経済活動の公正な競争条件が損なわれ、多国籍企業により租税回避された税収分には他の納税者がより多くの租税負担を強いられることになる。このような租税負担の不公平感は、世界的規模で税制への信頼性低下を招き、多国籍企業の国際的租税回避行為に対して、国際課税ルールを抜本的に見直し、適正かつ公平な課税を実現する租税制度の構築が全世界的に要請された。このような経済背景の下に、経済協力開発機構(Organisation for Economic Co-operation and  Development:以下、OECDと略す)は、租税委員会(長:浅川雅嗣財務省財務官)に「税源浸食と利益移転」(Base Erosion and Profit Shifting :以下、BEPSと略す)のプロジェクトを20126月に設置し、「国際的二重非課税」の構造的欠陥の検討を開始した。

 1年後の20136月に英国・ロックアーンで開催されたG8サミットにおいて、「BEPS対応プロジェクト」は3つの主要議題のうちの一つに取り上げられ、政治的なサポートを得ることができた。同年7月には、多国籍企業の国際的租税回避を抑制するための15の行動計画から成る「BEPS行動計画」(Action Plan on BEPS)が公表され、9月のG20サミットで全面的に支持されている。その成果として、20149月に「第1弾報告書」が公表され、20159月には「2015BEPS最終報告書」(BEPS 2015 Final Report :以下、「BEPS報告書」という)が取りまとめられた。この最終報告書は、10月にペルー・リマで開催されたG20財務相会合で承認を受け、11月にトルコ・アンタルヤで開催されたG20サミットにおいて、各国首脳により最終的な承認を受けた。

 国際課税に関する「公平な競争条件」(level  playing field)の確保おびそれに基づく健全な国際課税の発展のために策定された「BEPS報告書 では、(a)電子経済(digital economy)の急速な発展という現実経済社を前提にして、(b)各国制度の国際的な一貰性(coherence)(c)多国籍業の経済活動の実態に即した課税を求める実質性(substance)および(d)多国籍企業の納税実態を把掴できる透明性(transparency)を確保するとともにe)多数国間協定の開発が議論され、多国籍企業に対する適切な国際課税の実現が標榜されている。新たに国際的に税制調和を図る方策を勧告した「BEPS行動計画」(以下、「行動計画」という)では、次のようなテーマが検討課題として論議された。

「行動計画1」電子経済の課税上の課題への対応(Addressing the Tax  Challenges of the Digital Economy)

「行動計画2」ハイブリッド・ミスマッチ取極めの効果の無効化

(Neutralising the Effects of Hybrid Mismatch Arrangements)

「行動計画3」効果的な非支配外国法人税制の設計(Designing Effective Controlled Foreign

Company Rules)

「行動計画4」利子控除およびその他の金融支払いを含む税源浸食の制限

(Limiting Base Erosion Involving Interest Deductions and Other Financial Payments)

「行動計画5」透明性・実質性を考慮した有害税制への効果的な対抗措置

(Countering Harmful Tax Practices More Effectively, Taking intAccount Transparency and Substance)

「行動計画6」 不適切な状況下における租税条約の乱用防止
(Preventing the Granting of Treaty Benefits in Inappropriate Circumstances)

「行動計画7」恒久的施設認定の人為的回避の防止
(Preventing the Artificial Avoidance of Permanent Establishment Status)

「行動計画8~10」価値創造を伴う成果に対する移転価格設定の調整
(Aligning Transfer Pricing Outcomes with Value Creation)

「行動計画11  BEPSデータの測定とモニタリング
(Measurin and Monitoring BEPS)

「行動計画12」義務的開示制度(Mandatory Disclosure Rules)

「行動計画13」移転価格設定の文書化と国別報告
(Transfer Pricing Documentation and Country-by-Country Reporting)

「行動計画14」紛争解決の効果的手法
(Making Dispute Resolution Mechanisms More Effective)

「行動計画15」二国間租税条約を多数国間協定に改変する展開
(Developina Multilateral  lnstrument to Modify Bilateral  Tax Treaties)
 わが国では、「行動計画」を既に法制化した領域もあれば、今後の法改正を含めて検討する分野もある。たとえば、平成27年度(2015年度)税制改正では「行動計画l」、「行動計画2」、平成28年度(2016年度)税制改正では「行動計画13」は対応済みとなっている(6)。今後、法改正の要否を含めた検討を予定している「行動計画」には、「行動計画3」、「行動計画4」、「行動計画8~10」、「行動計画12」が挙げられる。

 本稿で取り上げる「行動計画12」は、各国間の税制の隙間を利用した国際的租税回避行為に対抗するために、上記(d)多国籍企業の納税実態の「透明性」を把握するための行動計画であり、過度または濫用的なタックス・プラニング(aggressive  or  abusive  tax  planning)を未然に防止するための開示制度を提案している。「行動計画12」では、既に「義務的開示制度」を導入している米国・英国・カナダ・アイルランド・イスラエル・韓国・ポルトガル・南アフリカの制度を踏まえて検討が行われた。本稿では、OECDBEPSプロジェクトにおける「行動計画12」の具体的内容を概観した上で、わが国では未だ導入されていない「義務的開示制度」に対する対応策を提言することとする。

 

 

法人税法224項「公正妥当な会計処理の基準」と

-近年の主要裁判例から―

 長島弘(立正大学准教授・税理士

I   はじめに

 筆者は先に本誌前号において、法人税法第22条第4項の「一般に公正妥当と認められる会計処理の基準(以下、原則としてこれを「公正処理基準」という。)」は、会社法における会計を指す旨、そして大竹貿易最高裁判決に誤りがある旨記した。またそれに続<SVC事件最高裁判決において、脱税協力金を損金不算入とする結論を導くために、法人税法における価値判断を入れた公正処理基準を用いたことからこの流れが定着してしまったこと を別稿に記している。

 そこで本稿では、昨今の注目を集めた3つの裁判例「ビックカメラ事件」 「オリックス銀行事件」 「分掌変更による未払退職金の支給年度損金経理事件」から、この判決の流れの検討をし、公正処理基準に対する裁判所の姿勢についての批評を通じて、公正処理基準について検討したい。

 

 

消費税における仕入税額控除の必要的控除性の検討

金子友裕(東洋大学准教授

I   はじめに

 消費税には様々な論点がある。例えば、国立情報学研究所によるCINIIで「消費税」で検索(2)した場合、8,162本の論文が見つかった。これらの論文等のうち、論文タイトルに下記のキーワードを含むものを抽出(多重に抽出)した件数は表lの通りである。

 

1     消費税の論文タイトルに含まれる主要なキーワード(n=S,162)

 

キーワード

件数

キーワード

件数

割合

703

8.61%

非課税

81

0.99%

682

8.36%

国際

73

0.89%

社会保障

404

4.95%

介護

66

0.81%

323

3.96%

62

0.76%

財源

245

3.00%

経済学

58

0.71%

医療

238

2.92%

中小企業

48

0.59%

地方消費税

210

2.57%

逆進性

47

0.58%

仕入税額控除

203

2.49%

インボイス

46

0.56%

173

2.12%

免除

41

0.50%

軽減税率

135

1.65%

課税対象

36

0.44%

簡易課税

131

1.60%

32

0.39%

119

1.46%

課税取引

28

0.34%

納税義務

112

1.37%

地方財政

19

0.23%

税務調査

98

1.20%

ゼロ税率

17

0.21%

 表lのように、実務的な問題に関連するものが多くあり、また、税務関連の雑誌以外にも消費税の記事がみられる(医療関係等の雑誌に非課税の問題の記載等)という特徴がある。
 また、学術的な論点についてみると、大きく区分すれば経済学的視点からのものと法律学的視点からのものに分けられる。当然、それぞれの論点が独立的に存在しているのではなく有機的に関連しているものと思われ、分野を横断して検討される論点が多いが、便宜的に列挙すれば表2のようになる。
 

2     消費税における論点

 

経済学的視点

財政的影響・効率  

地方財政(地方消費税)からの検

社会福祉との関 

  逆進

 

法律学的視点

納税義務者や課税取引の範囲

仕入税額控除

非課税取引

軽減税率.給付付き税額控除

ゼロ税率

インボイス方式

小規模免税制度

脱税スキーム

簡易課税制度

国際課税

  本稿では、消費税に関するこれらの論点のうち、論文タイトルにも多く検索され、また、平成3510月から導入予定とされる適格請求書等保存方式(いわゆるインボイス方式)にも関連する、仕入税額控除に焦点をあてることとし、仕入税額控除の概要を整理し、我が国の消費税法における仕入税額控除の位置付けに関する検討を行う。


 

格差是正に資する税制改革

一由俊三(税理士

I   はじめに

 格差解消を目指す国際褐力団体オックスファム(OXFAM)は、2017年版報告書『99%のための経済』(An Economy for  the  99%)の冒頭で次のように述べている。

 

(a) 2015年以降、世界の豊かな上位1%の者は、地球上の残りの者が所有する富よりも多くの富を所有している。

(b) 上位8人の男性は、今や世界の下位50%の者と同じ金額の富を所有してしいる。

(c)  今後20年間で500人が、インド(13億人の国)のGDPを上回る2.1兆ドルを遺産として引き渡すこととなる。

(d) 1988年から2011年までの23年間で、下位10%の者は、年3ドルの所得を増やすのが限度であったが、最も豊かなl%の所得は182倍に増えた。

(e) 上位100人のCEOは、バングラデシュの衣料品工場で働くl万人以上の人員が1年間で稼ぐのと同じくらい稼いでいる。

(f) ベトナムでは、最も裕幅な人は1日で、最も貧しい人が10年で稼ぐよりも多くの収入を得る。

(g) 経済学者トマ・ピケティ(Thomas  Piketty)教授の新しい調査によると、米国では、過去30年間で下位50%は所得増加がゼロであったのに対し、上位1%の所得は300%増加した。

 

 古典派自由主義経済学によれば、資本主義市場経済は、人が欲望のままに自由に経済活動を行っても、価格が需要と供給を調整し、「市場の見えざる手」によって資源は効率的に配分される。能力の差などにより、個々の経済主体か取得する経済力に差が生じても、累進構造を有する所得課税制度が自動的に所得再分配機能を発揮し、著しい富と所得の集中は是正されるはずである。

 確かに、第二次大戦以後、西側資本主義経済は発展した。中間層が増え日本では「1億総中流」と言われるまでになった。東側では、ソ連・中国における共産主義計画経済の実験は日の目を見ず、ソ連は崩壊し、ロシアと中国は市場経済を導入し、資本主義の恩恵に授かった。市場経済導入後の中国の発展は目覚ましく、今や世界第二位の経済大国に成長している。ところが21世紀に入って経済危機を迎え、西側先進国は青息吐息の状況にある。いつからか富は一部に集中し、所得の格差は想像もつかないほどに拡大した。何故、いつから、資本主義市場経済は道をそれてしまったのであろうか。

 この問いに解の端緒を開いた研究が、オックスハムも引用したフランスのトマ・ピケティ教授の研究である。2013年に発表された『21世紀の資本』(Le capital au XXLe siecle)では、世界20か国をカバーする所得税申告や相続税申告に基づいた租税データ及び国民経済計算から導かれた国民所得に関ずるデータ並びに世界の研究者の共同作業からなる世界トップ所得データベース(World  Top Incomes Database : WTID)からの情報が分析されている。

本稿では、ピケティ教授が提示する「格差拡大Jの原因を考察するとともに、米国の経済学者が提唱する格差社会解消策を概観し、かねてより研究を続けてきた英国税制とその改革提言書である『マーリーズ・レビュー』(Mirrlees Review;以下,「マーリーズ報告書」という)から示唆を受けた我が国税制への改善策を提言することとする。